●最悪のパンデミック、超弩級の天災
中国発の新型コロナ感染は、想定される最悪の展開を辿っている。イタリアやスペインでは医療崩壊が起き、死者は1万人強と中国の3318人を大きく上回ってしまった。米国では感染者は30万人と中国のほぼ4倍に達した。各国で都市封鎖が行われ、経済活動が事実上マヒ状態に陥っている。中国ではほぼ感染が終息しつつあるものの、欧米では依然沈静化の見通しが立っていない。
米国をはじめ世界株価は2月後半の史上最高値から3週間で35~40%の大暴落となった。日本株は配当利回りが3.1%、PBR0.8倍と、将来にわたって企業価値が棄損され続けるところまで織り込んだ。何が起こっても絶対的に割安な安全領域まで売り込まれたのである。
●不退転の政策で株価下げ止まる
天災のほぼ全ては局地的なものである。しかし、今回の天災は全世界を同時に直撃したという点で、これはまさしく史上空前、超弩級の災害である。放置されれば世界中の観光、交通、外食など多くの業種で売り上げが蒸発し、経営困難、雇用・収入不安が急増し大不況となる。
これは戦争である、できることは何でもやる、という決意が各国首脳と金融当局から相次いで表明され、かつてない規模の財政出動と金融緩和・金融支援が打ち出されつつあるのは当然である。それにより連鎖的景気悪化が食い止められるとの安心感から、ようやく株価は下げ止まった(一番底をつけた)。
●財政の縛り葬り去られる
奇しくもこの天災により、金科玉条のごとく順守されていた財政の縛りが一気に解放される(葬り去られる)情勢である。
米国では2.2兆ドル(GDP比10%)の支出が決定し、さらに2兆ドルのインフラ投資が計画されている。最も財政規律にこだわるドイツも、今回は財政1560億ユ-ロ、金融6000億ユーロ、合計7560億ユーロ(対GDP比20%)のパッケージを打ち出した。日本も事業規模はリーマンショック時の56.8兆円(対GDP比約10%)を上回る対策が検討されている。
●金科玉条の財政規律ぶち壊しは朗報
コロナショックが財政規律をぶち壊したといえるが、それは当然、というよりは必要なことである。財政の縛りがなくなれば、その後の景気回復は速まるが、だからといってインフレも金利急騰も起きない、株価が上昇するだけだろう。
そもそもコロナが発生する前の世界経済の問題は、「物価低下圧力=需要不足」と「金利低下圧力=金余り」という二つの問題を抱えていた。需要不足はインターネット・AI(人工知能)・ロボットによる技術革命が生産性を押し上げ、供給力が高まっていたために引き起こされた。金利低下は企業の高利潤が遊んでいるために引き起こされた。よって、財政と金融双方の拡張政策で余っている金を活用し、需要を喚起することが必要であった。遊んでいた資本と供給力が活用されることで景気はコロナ前より良くなる。
財政節度という今の時代に全く適合していない呪文から解き放たれることは、本来、最も必要なことであった。日本では過去20年間、大半の学者やエコノミスト、官僚、メディアが、財政赤字でインフレになる、金利が上がる、通貨が暴落するとの警報を鳴らし続けてきた。しかし、実際はデフレ、金利低下、通貨高と真逆の症状が進行してきたのであり、専門家たちの警告は全くの間違いであったといえる。累積財政赤字(政府債務残高)の対GDP比が世界最悪とされる日本は、利払い負担(対GDP比)は世界最小であり、財政破綻とは程遠い状態にあることがわかろう。
ここ数年、米国でFTPL(シムズ理論)やMMT(現代貨幣理論)など財政出動を正当化する経済理論が台頭しているが、それはまさに時代の要請という面がある。
●イタリアの悲劇、緊縮財政の典型的被害者
イタリアの医療崩壊と死者の急増は、先進国では考えられなかった惨状であるが、このイタリアの悲劇も、財政規律の犠牲者という側面がある。イタリアは競争力が弱く内需低迷を余儀なくされてきたが、EUが課す財政赤字はGDP比3%以下、債務残高は60%以下という縛りにより、緊縮財政を余儀なくされ、医療費が削減されてきた。同様に財政赤字の大きさが問題とされる日本と比較すると、財政赤字対GDP比は日伊同様に大きいが、プライマリー財政赤字(財政赤字―利払い費=財政による需要創造効果)は日本が大幅な赤字であるのに対して、イタリアは大幅な黒字であることがわかる。イタリアは緊縮財政が総需要を奪い、国民に負担を強い続けてきたことがわかる。
●対中接近が裏目に
イタリアの1000人当たり病床数はここ20年でほぼ4割減少、特に高齢者の長期ケア病床は日米などのほぼ半分と劣後しており、医療崩壊の遠因になったと考えられている。また、競争力が弱いのにユーロという欧州共同の通貨により通貨安が望めず、国内の雇用と消費がしわ寄せ受けた。
その困難を中国との貿易で打開しようと、イタリアはG7で唯一の一帯一路構想の参画国になり、中国と関係を急速に緊密化したが、それが裏目に出たといえる。
●新ケインズ時代、全面開花へ
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、英国で過去300年間に財政赤字対GDP比が200%まで上昇したことが、1815年のナポレオン戦争時、1920年の第一次世界大戦時、1945年の第二次世界大戦時と3回あったが、今回の対コロナ戦争がそれに次ぐものになるかもしれない、との論評を掲載している。
コロナという災いが時代の区切りになるとすれば、それは財政赤字絶対悪時代の終焉と言えるかもしれない。米国実質株価の長期波動をみると、(1)古典的自由主義経済(金本位制)の繁栄(~1929)、(2)古典的自由主義経済の破綻・金本位の廃棄(1930~1940年代)、(3)ケインズ体制・不換紙幣と財政赤字の繁栄(1950~1960年代)、(4)ケインズ体制の挫折・トリレンマ(1970年代)、(5)新自由主義体制の繁栄・グローバル金本位廃棄とドル散布体制(1980~1990年代)、(6)新自由主義の挫折・ITバブル崩壊とリーマンショック(2000~2009)、(7)新ケインズ体制の繁栄・QE(量的緩和策)と財政拡大(2010年代~)、と推移してきていることがわかる。
新ケインズ体制は、QEから始まり、いよいよ主力の財政出動によりフルスロットルの繁栄期に入っていく、とは考えられないだろうか。
インターネット・AI革命の成果が労働時間の短縮にも、人々の生活水準の向上にも結びつかず、ただただ企業収益が増加し、余剰貯蓄として退蔵されている。(農業の時代から工業の時代への変化がそうであったように)労働時間の短縮とライフスタイルの大きな変化による新規需要の増大が必須であるが、それは技術の変化に見合うほど急速には進まない。
ここしばらく財政が時代の橋渡しをせざるを得ない局面である。より本源的なライフラインのセーフティーネットであるユニバーサル・ベーシックインカムなど、創造的な取り組みが検討されるべき時代に入っているといえる。コロナ禍がせめてそのような歴史的画期を記してほしいものである。
(2020年4月6日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン249号」を転載)
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April 07, 2020 at 08:30AM
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