[ロンドン 8日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 「経済の面で暗い気持ちになり過ぎることに注意」――。筆者は4月8日、先進国の大半で新型コロナウイルス感染症の死者が急増している事態を踏まえ、こうした見出しでコラムを記した。当時は恐る恐る期待するのでさえ、勇気が必要だったものだ。だが今は、正反対の警告こそがよりふさわしい。つまり安易な楽観は禁物だと。
思い違いをしないでほしいが、深刻な経済的悲観論は引き続き求められていない。その理由の1つに、医療関連のニュースが恐怖を与える内容から、控えめながらも心強い内容へ変わりつつあることが挙げられる。アジアでは新型コロナによる死者は相対的に少ない。それに比べれば欧州で死者は多いが、域内のほとんどで1日当たりの死者数はこれまでで最小の水準に減ってきた。米国の多くの州では死者はなお増加しているとはいえ、週平均の死者数はピーク時の77%だ。
全面的な凍結状態から立ち直ってきている経済の、基本的な立ち位置についての心配も無用だ。航空会社をはじめとする旅行関連業界には、かなり根強いダメージが残っている。しかし他のほぼ全てのセクターは、「コロナ前」の正常な状態に向かって回復しつつある。ただし、ペースには差がある。ドイツでは6月の小売売上高はパンデミック(世界的大流行)発生前の2月を4%上回ったが、資本財受注は31%下回っている。
一番の朗報は金融財政を巡る事態かもしれない。4月時点では、政府と金融セクターが実体経済に十分な資金や融資を提供して消費を支え、収入がなくなった企業の存続を維持していくことについて、困難ではないかと不安に思ったのも無理はなかった。ところが、そうした懸念は根拠がなかったことが分かった。
巨額の財政赤字覚悟の財政出動に加え、主要中央銀行も金融政策の面でできることは何でもやると確約。その結果、消費者の手元資金は膨らみ、借り入れコストは低く抑え込まれ、しかも多額の借金ができるようになった。
これらの好材料がそろっていて、なぜ今より心配する必要があるのか。以下に4つの具体的な要素を挙げる。
1つ目は、経済を支える中銀の政策によって金融セクターは2008年の信用収縮後の世界を超えるほど奇妙な領域に踏み込む形になったことだ。米連邦準備理事会(FRB)の政策金利は主要中銀では最も高いが、それでも0.25%というすずめの涙ほどの水準で、早期利上げのチャンスはほとんど見当たらない。先進国の10年国債利回りに目を向けても、一番高いイタリアでさえわずか1.3%だ。株式投資家は不安とは無縁の様子で、S&P総合500種は、2月のパンデミック前に記録した最高値まであと6%という地点にある。
金融の熱狂は、これは大丈夫かとの気持ちをかき立てる。消費者が異例に膨らんだ貯蓄を取り崩し始めれば、インフレの波を起こすきっかけになり得る。多くの企業や業種は、金融の規律が本来得られるよりも乱暴になることで、結果的にその恩恵を享受することになる。高利回りを追い求める投資家は、悪い方向に簡単に行きがちなリスクを引き受けたがろうとする。
2番目に、依然として世界経済にとって大事な意味を持つ米国の労働市場の惨状がある。2月に3.5%だった失業率は4月に14.7%まで急上昇し、6月も11.1%に高止まりしている。本来は、そこまで上がらなくてもよかったのだ。欧州連合(EU)域内では、各国政府が企業の雇用維持を目的とした補助金を幅広く提供したおかげで、ロックダウン(封鎖)中でも失業率は6.4%から6.7%への上昇と、最小限に抑えられた。
米国で今失業している人の大半はたぶん、最終的には仕事を見つけられるだろう。恐らくは元の雇用主が雇うのではないか。しかし、とりわけ低賃金労働者にとって、失業期間がもたらした痛手は残り続ける可能性が高い。これは経済に持続的なマイナスの影響を与え、既に深刻化している米国の社会的緊張を助長しかねない。
3つ目に挙げられるのは、一部の国、特に米国でウイルスの恐怖と政治的な憎しみが増大していることだ。いずれもいささか驚く現象と言える。なぜなら感染状況はかなり好転しているし、政府支出は大盤振る舞いになっているからだ。それに国家級の危機が起きれば普通は、政府の対応が賢くないことが証明されたとしても、分断よりも団結の機運が広がるものだ。
もちろん米国民の不安や不満の種が新型コロナだけに限られているわけでないが、事態悪化のきっかけにはなっている。例えば米国民のほとんどが、欧州諸国に追随して小中学校を再開することに消極的な理由は、恐らくウイルスへの恐怖で説明できる。ほとんどの学校が休校のままなら、社会的、心理的な損失は、国内総生産(GDP)のおよそ5%を占める教育セクターだけにとどまらない。
最後に、「コロナ共生型経済」は基本的に政府の役割を増大させた。どの産業に補助金を与えるか、どういった支援の枠組みにするか、企業活動再開の時期や方法をどうするかはいずれも当局の胸三寸で決まっているのだ。政治家からすれば、これほど強大化した権限をあっさりとは手放しがたい。
各国政府はそうした強い権限を経済のテコ入れに活用するのかもしれない。ドイツや米国で大規模なインフラ整備事業が行われることに異を唱える人はほとんどいないだろう。
しかし、大半の先進国指導者は明確な政策課題も持てていないし、国民の支持も高くない。こうしたハンディキャップを抱えていては、賢明な支出や規制を実現すべき機会が全て、選挙目当てで経済成長の足を引っ張るような措置になり果てるのはほぼ間違いない。
これまでのところコロナ共生型経済は、公衆衛生面のさまざまな配慮が突然の経済活動停止を正当化できるとの前提では、かなりうまく運営されてきた。大規模かつ迅速な財政支出を積極的に進めようとする政府の姿勢は、景気後退は防げなかったが、景気回復に向けたお膳立ては十分に整えることができた。だが、難しいその運営の部分は、これからやってくるのだ。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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