3月10日にロイヤルパークホテル(東京都中央区)であった朝日新聞Reライフフェスティバル2023のプログラムの一つ、料理研究家・大原千鶴さんのトークショー「心にいつくしみを持って生きる幸せ」の内容を紹介する後半です。聞き手は、近著『大原千鶴のいつくしみ料理帖』の編集を担当した世界文化社の川崎阿久里(あぐり)さんです。当日会場で配られた「鶏きつねうどん」「とろけるだし巻き風卵」のレシピもご紹介します。
川崎 この写真は『いつくしみ料理帖』の中のお料理です。先生に「いつくしみ」のお料理を2点選ぶとしたらどれですか?とお尋ねしたら、まず一つ、このおだしの「鶏きつねうどん」を挙げられました。
京都はおだし文化 京料理は野菜料理 京都の水と昆布が出あって
大原 京都は、やっぱりおうどんといいますか、おだし文化ですね。そして、私は京料理というのは野菜料理やと思ってるんです。
京都市は中心部から海が遠いじゃないですか。今でこそ流通が良くなって、何でも手に入りますけれども、それでも車で海まで2時間、3時間かかりますから。
京都のお料理は、ほとんどが野菜です。野菜は、盆地なので冬が寒くて夏暑いからおいしく育つ。京野菜はブランド化しているのでご存じの方も多いと思います。海のもんはちょっと貴重品で、塩物、塩サバとかササガレイの干物とか、グジというアマダイを使用したものとか。あとは、実は川魚です。
京都の普通のお料理は、野菜がたくさんに、ちょっとの魚や肉を合わせて、おかずを仕立てる。野菜ばかりでお肉やお魚が少ないと、お料理にコクが出ない。コクを補うためにおだしを結構しっかりと使うんです。
かつて、北前船が福井県の敦賀に寄り、昆布を下ろし、それが大阪まで運ばれる途中に京都がありました。京都は軟水なので、昆布のだしが出やすい。京都の軟水と昆布がマッチングした。昆布だしは野菜によう合って、そうなりますと、薄口のおしょうゆで色をきれいに残して、ちょっと優しい色合いでお料理をする。それが公家文化の美意識にも合って、みなさんに好まれたんじゃないかと思います。
やわやわのうどんに刻んだお揚げさん 京都人の大好物だし巻き卵
大原 その京都の水を感じていただくためには、一番おだしが、皆さんにわかっていただきやすいお料理なんじゃないかなと思って、おだしの料理の中でも一番身近なおうどんを選びました。讃岐みたいなしっかりしたのじゃなくて、京都のおうどんはおだしを味わうためのうどんなので、割と軟らかいですね、やわやわとしてます。
だしがしみやすくなっているのと、合わせるのも刻んだお揚げさん。甘く炊いてない。
京都はお寺さんが多くて精進料理が行き渡ってますので、今少なくなりましたけどね、お豆腐屋さんが町の中にチョロチョロありまして、パンじゃないですけども、お昼忙しいときに自分の好みのお豆腐屋さんにぱっと買いに行って、揚げたてのお揚げさんをそのままショウガじょうゆで食べたりして、それがお昼ご飯になったりします。お揚げさんも炊くのが面倒くさいわけじゃないんですけども、刻んでお揚げさんのうまみを食べるっていうのが京都の食べ方のような気がしますね。
川崎 刻みきつねは京都のおうどんだな、と思います。
川崎 もう一つ挙げていただいた料理は「とろけるだし巻き風卵」。きれいな卵ですね。
大原 京都でおだしを味わう料理のもう一つに、だし巻き卵があります。京都の人の大好物です。だし巻きは、卵液におだしを入れて作ります。きれいに巻くためにはその場を離れられず、手間と時間がかかります、簡単なお料理なんですけども。
時間はかけたくないがだし巻きの味は食べたい、ということで、考えたのがこのレシピです。卵をざっとフライパンで焼いて、お皿に載せ、そこにおだしの代わりにかつお節をかけ、おしょうゆもちゃっとかけると、口の中ではだし巻き卵!っていうね。
焼き立て、炊き立て……「立て」をそろえるとごちそうに
川崎 この2品以外で、きょう、ご紹介されたいお料理はございますか。
大原 うちの子どもたちはいま大学生2人と高校2年生です。大学生なんかになりますと、いつ帰ってくるやも、よくわかりませんでしょ。待っているとイライラするのでね。お鍋に物を炊いといて。今日も、鶏肉を鍋でちゃっとたくさん炊いといて、冷蔵庫にはお野菜の作り置きを3品ぐらいしといて、ご飯が炊いてあるので、帰ったら、自分が食べたいときに好きなものを食べられるようにしています。
料理はタイミングがすごく大事なので、焼き立ての方がおいしいものもある。私は家庭料理がレストランのお料理と違って一番素敵だなと思うのは、焼き立てとか炊き立てとかを一律にそろえると、すごいごちそう感が増すってことなんです。
川崎 「立て」をそろえる。
大原 ご飯が炊き立てで、おつゆができ立て、煮えばなで、お魚焼き立てやったら、もうそれで良くないですか。大したごちそう、いらんのです。本当にね、忘れてるぐらいの料理でいいんですけども。
ただ、タイミングを合わせることが、家庭料理をずっとグレードアップさせるので、そのためにできる工夫、段取りをそろえていくのがすごい大事です。
家でも今日みたいに作ってくるときもありますけれども、冷蔵庫には自分で焼けば食べられるようなものとか、ポットに水出汁を作って置いといて、例えばさっきのおうどんもね、お鍋にだし入れて、うどん玉も全部放り込んで炊いてしまえばできるっていう風になっています。なんとなく自分も料理に参加しながら、自分の食を整えていっているんだという自覚を持ってもらうような食環境をつくるようにしてますね。
家庭料理に名前はいらない そのときの材料との一期一会
大原 名前のあるちゃんとした料理を作らなくてはいけないと思ってはる方が結構いらっしゃるんですよね。ショウガ焼きとか、ハンバーグとか、グラタンとか。私は家庭料理は名前のない料理でいいと思っているんです。残り物も使わなきゃいけないし、一期一会ですよ。その時だけで二度とできない料理ってあるじゃないですか。それですごくうまくいったとき、みなさん、自分が天才だと思いません?
そういうのが家庭料理の醍醐(だいご)味というか楽しみ。それができている時点で、みなさん、いつくしみを持って料理をしてらっしゃるんだと思います。
冷蔵庫の中の物を無駄にしてしまったときや、せっかくおいしかったものを駄目にしてしまったとき、心に痛みを感じることは、私たちの財産だと思います。子どもたちにもそういう気持ちを持ってもらいたい。今は、コンビニに行けば、おいしそうなものがいろいろ売っていて、どこででも食はまかなえるけれども、自分で自分の食を作ることができる、ということは、生きていく自信にもつながっていく気がするのです。
私は、子どもが小さい頃から、作り込んで「この料理です!」という料理はあまり作っていないんです。味の付いてない野菜であったり、つくだ煮があったり、お肉の焼いたのがあったり、お椀があったりして、それらを自分のお皿の中で組み合わせて食べる。一人ひとりのお皿の上で料理が完成するような料理と言ったらいいでしょうか。食べながら、ここに少し塩を加えてみようとか、頭をスイッチさせていけるようにすることが、大事な食育やと思うんですね。
夫の母のことを思い返すと、余裕ができてみえることがあると気づきます
川崎 今回のご本で印象的だったのは、シニアを迎えるのは寂しいこと、と若い頃は思っていたけれども、そんなことは全くなくて、これから光り輝く時間がやってくるので楽しみにしています、と書いていらっしゃっていて、とても勇気づけられると思いました。最後にみなさまにメッセージをお願いいたします。
大原 子育てがほぼ終盤になってきて、仕事をしながら家族のために動いてきたことからだんだん卒業していくので、寂しい半面もあるんですよね。食事も夫と2人だけということが増えてきました。
時間に余裕が少し出てきた一方で、若い頃のようにこの先たくさんの時間が残っているわけではない。だから時間の使い方が大事だと思うんです。
そのときに自分のためにだけ時間を使うのではなくて、ご自分の周りの方にも優しい気持ちで、いつくしみを持った気持ちで接する。コロナ禍を経て、社会がますます不寛容になっていると感じます。不寛容な世の中を作ったのも、私たち一人ひとりの責任やと思うんですよね。
大原 私も若いとき、介護しながら子育てしていたときは目がつり上がってね。頭の中でずっとストップウォッチのティコティコっていう音が鳴っているような生活をしてました。
夫の母を8年間、介護しました。透析に週3日行き、先生から栄養状態をああせいこうせいと言われて、かたや子どもたちの保育園の先生からは、栄養を与えて下さいと言われて、その両方で人の命を預かっている責任感できゅうきゅうとしていたんです。
子どもの離乳食が終わったら、義母の介護食が始まって、寝たきりになった義母の部屋に入って、介護食を食べさせてあげていても、子どものことも気になるから、早く食べてほしいと思っていました。
あるとき、私が部屋に入ると、義母がこう、手で私を招き寄せるしぐさをしていたんです。後から振り返ると、私に手をつないで欲しかったのね。ぐっと私の手を握って、落ち着きたかったんだと思う。
でも、私の頭の中ではストップウォッチが鳴っていたし、義母は少し認知症もあったので、はいはい、みたいに、ご飯を食べさそうとして……。
今になってようやく義母の気持ちがわかったんです。義母のことを思い返しますと、余裕が出てきたからこそわかること、みえることがあると気づきます。
周りにいつくしみのまなざしを いつくしみにあふれた世の中に
大原 これからはそういう余裕がある気持ちでいつくしみを持って生きていきたいなと思いますし、いつくしみにあふれた世の中にできるように、料理を作ったり、皆さんにお伝えしたりしていきたいな、と思っています。
明るい未来を子どもたちに残していくために、人との関わりが大事です。ちょっとおせっかいをしてみたり、なんかともかく関わってみたり、あと、常にニコニコしていたり。怒らないだけでも人の役に立っていると思うんですよ。時間的にも余裕のあるこれからのReライフ世代の方々だからこそ、周りの方々に愛を持ったまなざしを持ってほしいと思います。
今日、こうして100人以上のかたとちょっと心がつながるだけで、私は温かいものをいただいて帰れます。皆さんにもそういった気持ちを持って帰っていただけたら、とても幸せだと思います。何かちょっとイライラすることがあったら、「いつくしみ」という言葉を思い出してみてください。きょうはたくさんお集まりいただきまして、ありがとうございました。
鶏きつねうどん |
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家でいただく麺は圧倒的におうどん。
鶏とお揚げさんさえあれば、おつゆは誰もが飲みほすおいしさです。【材料 1人分】
油揚げ、鶏もも肉……各50g
A だし……500ml
薄口しょうゆ……大さじ1
塩……小さじ1/4
うどん(ゆで……1玉
青ねぎ(斜め薄切り……適量① 油揚げは1㎝幅の短冊切りにする。
鶏肉は1㎝幅のそぎ切りにする。
② 鍋にA、①、うどんを入れて中火にかける。
沸いたらアクをとり、2分ほど煮て、
うどんが ふっくらと煮えたら
青ねぎを加えてすぐに火を止める。
器に盛り、好みで粉唐辛子をふる。
とろけるだし巻き風卵 |
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巻かずにだし巻き味が30秒で。
【材料と作り方】
卵2個をボウルに割り入れ、水大さじ1 を加えて卵白を切るように混ぜる。フライパンに米油小さじ2を入れて中火で熱し、卵液を少量落としてジッと音がしたら全量を加え、箸で大きくかき混ぜる。半熟状になったらすぐに器に盛り、かつお節と薄口しょうゆ各適量をかける。
☆『大原千鶴のいつくしみ料理帖』
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