物流を支えるのは、消費者に近い「ラストワンマイル」だけではない。今、世界を結ぶ輸送網に異変が起きている。
「迷惑をかけている。運賃のきつさや競争の厳しさで、船を減らし、コンテナもリースで、リスクを取らなかった。一過性の貨物の増大を想定できなかった」
川崎汽船の鳥山幸夫専務は５月１０日の決算記者会見で、表情をゆがめた。
コロナ前、運賃の低下に悩んだ海運業界は、新船の建造やコンテナの生産を抑えた。巣ごもり需要の拡大と経済活動の再開で荷物が増えすぎ、海上輸送でさばききれなくなった。
必要な物資の不足や値上がり、運賃の上昇が、企業や家計の負担として積み重なっていく。解消されるのは、年明け以降との見方もある。懸念は当分、消えそうにない。
東レは今年、航空機や釣りざおなどに使われる炭素繊維の価格を約２割引き上げた。値上げは４年ぶりとなる。ネスレ日本は、欧州などから輸入しているコーヒーマシンの専用カプセルの調達に支障が生じ、販売を約１か月半、休止した。
大和ハウス工業や積水ハウスは６月、木造戸建ての建物価格を約１％上げた。１％でも、１戸あたり数十万円の値上げになる。停滞する物流と米国の住宅需要回復で木材価格が高騰する「ウッドショック」である。
「価格転嫁せざるを得ないが、マーケットが縮むことが心配だ」
ワクチン接種が進み出し、景気回復に期待が高まっても、大手住宅メーカーで作る住宅生産団体連合会の堀内容介副会長（積水ハウス副会長）の表情は晴れない。
食料品や衣類、家電製品など様々な物資を運び、世界を行き交うコンテナ船は「世界経済の動脈」と言われる。
国際海運会議所によると、海上輸送は世界の貿易量の９割を占める。グローバル化で重要性が増すなか、今回の目詰まりが起きた。
震源地は米国だった。経済活動が再開し、それまでの反動で荷動きは急回復する。北米に向かう航路でコンテナ船が運んだモノの量は、昨年１０～１２月は１年前に比べて２４・６％増、今年１～３月は３８・８％増となった。
一方、感染対策で、港湾の作業員やトラックの運転手は不足していた。コンテナの積み下ろしにかかる時間が増え、多くのコンテナ船が海上で列を作る。港湾内では、コンテナが山積みになる異常事態に陥った。
本来、空になったコンテナは荷物を積み、次の目的地に向かう。米国に大量のコンテナが滞留し、世界中でコンテナ不足が起きた。
人手とコンテナの不足で運賃は急騰した。中国から北米に向かう主要航路で、４０フィート（１２メートル）コンテナ１個あたりの運賃は５月に６３５０ドルに上昇した。１年前の３倍で、統計上比較できる２００９年１１月以降で最も高い水準になる。
航空輸送への切り替えも、思うにまかせない。荷物の大きさや重さの制約だけでない。半導体や電子部品、医療機器、医薬品など、空の輸送も需要は急増している。乗客以外に貨物も積む旅客便は、旅行需要の蒸発で便数が激減している。
「パーフェクトストーム（未曽有の大嵐）」。１０年代半ばに史上最悪の不況が海運業界を襲った。１７年３月期、日本郵船は２６５７億円、川崎汽船は１３９４億円という過去最大の最終赤字となった。
原因は、運賃の低迷だった。００年代に入ると中国経済が急成長し、世界の貿易量が拡大した。需要の高い伸びを当て込んだ海運各社は、大型コンテナ船を相次いで就航させていく。
ところが、想定外の事態が待っていた。
０８年のリーマン・ショックに続き、１５年に中国経済が減速した。船舶の供給過剰が深刻化し、荷物の奪い合いが始まる。期待のコンテナ船が、赤字を垂れ流す「お荷物事業」に変わるのに、時間はかからなかった。
日本郵船、商船三井、川崎汽船は１７年７月、コンテナ船事業を統合し、「オーシャン・ネットワーク・エクスプレス（ＯＮＥ）」を設立した。運賃上昇によるＯＮＥの利益が貢献し、２１年３月期に３社の最終利益は１年前の２～２０倍に増えた。
数字だけを見ると、危機は遠のいたかに映る。しかし、今、業界首脳の脳裏をよぎるのは、パーフェクトストームの再来だ。
ワクチン接種が進めば、作業員や運転手の人手不足は薄れる。外出自粛で膨らんだモノの消費がピークを迎え、サービス消費に回る可能性もある。一方、今年に入って、コンテナ船の発注件数は増えている。
商船三井の橋本剛社長は身構える。「（需要が）急激な伸びだっただけに、落ちる時も急激だろう」
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