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Thursday, April 2, 2020

コラム:人の命か経済か、新型コロナ対策で迫られる選択=鈴木明彦氏 - ロイター (Reuters Japan)

[3日 東京] - 新型コロナウイルスが世界で猛威を振るっている。人類は未曽有の危機に直面していると言えるが、昔から伝染病の大流行は、ヒトやモノの移動が広がる経済のグローバル化に付随して時々発生する困った出来事であった。

 新型コロナウイルスが世界で猛威を振るっている。人類は未曽有の危機に直面していると言えるが、昔から伝染病の大流行は、ヒトやモノの移動が広がる経済のグローバル化に付随して時々発生する困った出来事であった。鈴木明彦氏の見解。写真は東京都渋谷で3月31日撮影(2020年 ロイター/Issei Kato)

モンゴル帝国が建国されユーラシア大陸の交易が盛んになると、中国大陸で流行していたペストがイタリアを経由して欧州全体に広がったとされる。今回の新型コロナウイルスの感染と同じようなことが起きていたわけだ。

コロンブスがアメリカ大陸に到達して大航海時代が始まると、ユーラシア・アフリカ大陸とアメリカ大陸の間での交易が盛んになり、天然痘やコレラなどさまざまな伝染病が世界共通の伝染病となった。

今から100年程前に流行したスペイン風邪は、米国ですでに感染していた兵士が、第一次世界大戦に参戦するために欧州に渡り、全世界で流行することになった。経済のみならず戦争もグローバル化し、パンデミックをもたらした。

今回の新型コロナウイルスの感染拡大も、中国経済の成長とグローバル化の進展が背景にあり、古典的な流行の一つに位置付けられよう。このタイミングで起こることを想定するのは難しかったが、いつ起こってもおかしくない出来事としては想定しておかなければいけなかった。

<閉鎖経済へ逆回転>

もっとも、東西冷戦も終わり、グローバル化による世界の結びつきが深まる中で、これまでの感染症の流行とは違う面も出てきた。

一つ目は感染スピードの速さだ。新型コロナウイルスは、感染しても症状が現れないことが多く、潜伏期間中でも人にうつすことがある。たしかに、気が付かないうちに感染が広がりやすいウイルスだ。しかし、一気に感染が拡大した要因としては、経済のグローバル化が一段と進展していた影響を無視できない。

スペイン風邪のころは大陸間の移動は船であり、時間がかかる上に、移動する人の数も今よりはるかに少なかったはずだ。米国の第一次世界大戦参戦という出来事がなければ、世界で6億人とも言われる感染者が出ることはなかっただろう。

中国の改革開放が沿岸部の一部の都市に限られていた時代と異なり、今や中国の各都市は直接世界各国と結ばれ、人の行き来が盛んになっている。新型コロナウイルスの感染の広がりは、中国が推し進める一帯一路の広がりと重なり合う。

二つ目の違いは、パンデミックが世界経済に与えるダメージの大きさだ。経済がグローバル化し、ヒト、モノ、お金が自由に移動できることを前提に、国境を超えた効率的なサプライチェーンが形成され、世界経済の成長を支えるようになっている。

一方、感染症の流行を抑える最も有効な手段は、感染の仕方にもよるが、人の移動を制限してしまうことだ。感染が一気に広がるようになっていることも影響して、人の移動を制限し、経済活動を止めてしまう政策対応がそれこそ「感染症」のように世界に広がった。

経済のグローバル化によって成長してきた世界経済が、新型コロナウイルスの感染がパンデミックとなったことによって、閉鎖的な経済に逆回転を始め、これまで経験したことがないような経済収縮が起こっている。

<相反する課題への対処法>

こうして世界は、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えることと、経済の収縮を回避するという二つの課題に直面することとなった。そして、やっかいなことに、この二つの課題は同時に達成することが難しい。というよりは、相反する課題だ。感染を抑える最も有効な手段が、人の移動を抑えて、経済活動を止めてしまうことだからだ。

感染を抑えることによって人の命を救うか、経済対策を講じて経済を回復させるか。同時に達成させることが難しいならば、まずは感染を抑えて人の命を救うことに注力すべきだ。頭ではわかっていても、実際に割り切って行動するのは難しい。

ウイルスに有効なワクチンの開発や治療法の研究に資源を投下するのが正攻法の対策だ。これらの開発に成功すれば、コロナショックはたちどころに収まる。開発技術は昔に比べれば進歩しているはずだ。しかし、それでも実用化には時間がかかる。

すでに感染者が拡大している以上、感染者の隔離、治療が喫緊の課題となる。施設、設備、医療スタッフどれも、今後急速に感染者が拡大しそうなことを考えると、十分確保されているとは言えない。ここにも資源を優先的に投下すべきだ。

今のところ、人の移動や外出を制限して経済活動を止めてしまうことが、感染を抑える有効な対策だ。しかし、こうした対策が長く続くと、経済活動が止まって現金収入が入ってこなくなる。資金繰りに窮して立ち行かなくなる企業が出てくれば、仕事がなくて破産する人も出てくる。これらはもう始まっている。

いくら感染を抑えるためとはいえ、経済が立ち行かなくなれば、感染症対策を続けることもできなくなる。企業の倒産や個人の破産が広がり、信用不安や社会不安が拡大することは防がなければならず、すでにそういう対策は採られている。しかし、コロナショックが長期化した時に支え切れるかという不安もある。

<危うい大型経済対策の誘惑>

コロナショックを前にしてやるべきことははっきりしている。しかし、どれをとっても人気が出る政策ではない。日本はまだ実施していないが、非常事態宣言や首都封鎖は、間違いなく生活を不便にして国民が嫌がる政策だ。

一方で、景気刺激のための大型の経済対策を巡る議論は盛り上がっている。規模を大きくするという点では与野党の意見は一致しているようだ。お金や商品券を給付するような対策や一部業界にメリットがあるような対策も、景気をよくするためと言えば、国民の支持を得られると思っているのかもしれない。

しかし、景気刺激策によってV字回復を狙うことは賢い政策とは言えない。まず、感染拡大や信用不安を防ぐ政策だけでも相当規模のお金が必要だ。景気刺激のための経済対策にお金を割く余裕などないはずだ。

また、経済活動の再開は慎重に進めなければいけない。再開を焦りすぎるとまた感染を広げてしまうことになる。景気刺激策によって経済活動を活発にすれば、感染リスクは一段と高まる。

ましてや今年前半の落ち込みを取り戻そうなどと欲張ってはいけない。規模の大きさを誇るような経済対策は不要であるだけでなく、感染リスクを再燃させて危機的状態に逆戻りする危険性を内に秘めている。

感染リスクや倒産・破産といった不安が解消されれば、経済活動の制限を緩和するだけでも経済活動は戻ってくる。逆に、こうした不安が解消されていなければ、いくら経済対策を打ったところで経済活動は戻ってこない。

<真に必要な政策とは>

新型コロナウイルスとの戦争に勝つためには、国民に我慢を求めることが必要になり、経済成長率の一時的急低下は甘受しなければならない。これを国民に説明して納得してもらうのが民主主義だが、選挙と株価のことを考えると政府がその道を選ぶことはないだろう。

おそらく、人の命と経済とどちらを優先するのか分からないような大型の経済対策が打ち出されることになる。国民から嫌われることを恐れない政府にならないと、新型コロナウイルスとの戦いに勝つことはできないのではないか。

(本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています)

鈴木明彦氏

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

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編集:橋本浩

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